今年もやってきちまった……バレンタインデー。
世の中のリア充たちにとっては楽園のような、そして俺たち非モテ属性の男たちにとっては悪夢の日である。どう考えても不公平じゃないか……。
板倉恭介、16歳、硬式野球部所属――は心の中で怨嗟の声をあげた。
今年のバレンタインデーは、この野球部のオフと重なった火曜日だ。部内では、それを歓迎する声は少数で、大半は
「何でオフに苦しまなきゃいけないんだ!」という、何とも悔しさにあふれた声である。
同じく運動部のサッカー部はいわゆる「モテる」部活なのに、坊主頭というだけで野球部は出遅れている、
と部員達は常に劣等感に固められているのだ。
女子マネージャーがいるじゃないか、という方もいらっしゃると思うが、贅沢なことに「マネさんからのチョコは義理のカタマリだ!」
と言ってカウントには入らないらしい。全く持って不可解なオトコの心理である。
「板倉、ここの作者の心情はどんな感じだと思う」
心中で怨嗟の声をあげている最中に、先生に当てられた。そう、今は現代文の授業中であった。全く読んでいなかった恭介は
素直に「分かりません」と言った。
「どうせチョコのことを考えていたんだろう」
と、意地悪なその先生が言った。途端にクラス中で笑いが起こった。……なんでこんな日に限って笑いもんにされなきゃならんのだ、俺は。
「分かりやすすぎだよ、恭介〜」
隣から笑みを含んだ声が飛んできた。キッと横を向くと、幼なじみとも腐れ縁ともつかない女子――土屋侑子がプッと吹くところだった。
「何がおかしいんだ、土屋侑子16歳独身」
「独身は当たり前でしょうが」
「侑子、貴様はもう結婚出来るだろうが」
「先生〜、板倉と侑子の夫婦漫才ですよ〜」
女子の誰かがこう茶化すと揃って『そんなんじゃないッ!』と怒鳴った。
「おや板倉閣下、土屋嬢からチョコは無かったのかい」
恭介が目的のクラスに着くと、からかいを含んだ声が出迎えた。軽く舌打ちをしつつ、恭介は手近の席についた。
「あいつとは単なる腐れ縁だ。チョコをもらうような義理はない」
「素直じゃないなぁ、ったく」
一斉にそんなツッコミが入り、恭介は咳き込んだ。
「……購買に行く」
席を立って恭介は下階の購買に向かった。
「どうしていつもああなるかねえ」
と、周りのオトコどもは呆れ顔でため息をついた。
「どう考えても、なぁ」
購買には、非常に気まずい空気が流れていた。
「なんでこんな時に限って貴様がここにいるんだよ」
仏頂面で恭介は侑子にそう言った。
「いいじゃない、別に」
侑子の反応もツンケンしたものになった。恭介は、一足先に来ていた侑子の買ったものをちらりと見た。――チョコデニッシュ。
この期に及んでまだチョコかよ。理解に苦しむ。
だが恭介が本当に理解に苦しんだのは、その後の侑子の行動だった。
「……やるわよ、ほら」
と、件のチョコデニッシュを恭介に差し出してきたのだ。
こいつは、一体……。
「お前、今日という日の特殊性が分かっているのか? 2月14日だぞ」
「分かってるに決まってんでしょ!?」
侑子はこう噛みついた後小さく「バカ」と言って、下を向いて恭介に突進してきた。避けると他人に迷惑なので、甘んじて抱き止めてやる。
「……泣いてんのか」
小さくしゃくり上げていた侑子は何も言わない。ハァとため息をついた後に、恭介は1つの覚悟を決めた。
「侑子、」
と呼びかけると、彼女は恭介の胸の中で彼の顔を見上げた。――決定打だった。
「実はな、」その見上げた視線をしっかり捉えて
「好きだ」
胸の中の瞳が大きく見開いた。
「だから、泣くな」
侑子はクスッと笑うと「泣いてなんかいません」とその顔を恭介の胸に埋めた。
外は快晴だが、空気は冷たい日だった。心持ちお互いに暖まったか、と恭介が思ったとき、彼の視界の端が異変を察知した。
階段の仕切り壁の上に見え隠れしている坊主頭――
「貴様らっ!!」
うわっ、という声と共にいくつもの足音が階段を駆け上がった。恭介が追いかけようとしたが、侑子は引き留めた。
「いいじゃん、今日くらいは」
「……そうだな」
ふたりでいることは、恥ずかしいことでもなんでもないからな。
恭介と侑子は、ゆっくりと階段を昇った。
その直後に盛大にからかわれたことは、言うまでもない。
Fin.