Peppery honey

 まあ、よくもこの女と付き合えてきたものだ。
 今日は街が赤と緑に染まっている――クリスマスだ。世間では、やれデートだカラオケだと騒がしい。
 俺には彼女と呼ぶべき存在がいる。しかし学校では、一部から「格差婚」と言われるほどの
組み合わせだった。(俺のみてくれが良くないからだ)
 武蔵境の北口改札の前で、その女を待ちながら俺はそんなことを思った。
 付き合いだしてから約1年半、特にこの半年は奴に対してイライラすることの連続だった。奴と俺との
間には多少ややこしい事情がある。実は、付き合いだす1年前にも、俺は奴と付き合っていた。期間は半年。
合計すればおよそ2年間付き合ったことになる。2年も付き合って――
 俺は少し苦笑した。何を大人気ない、諦めはもうついているはずだろ。
 お前は――俺を何だと思ってるんだ! そう言いたい気持ちを何度も抑えて来たが、本人もいないことだし、
少しくらい愚痴ってもよかろう。


 奴の友人たちは口をそろえて、「お前が悪い」と俺に言う。ま、確かに俺に非があった時もあったが、
圧倒的に奴が悪かった、と俺は思うのだ。

 俺は、この1年半、端的に言えば「お預け」を喰らい続けてきた。恋人らしいことは、「手をつなぐ」以外は
全くさせてもらえていない。えー、うそっぽーい。と声を上げる諸君もいるだろうが、本当の話である。
他校の女友達に相談したら、あり得ないっしょ、その彼女さんは。と一蹴された。お前、そんなんでよく
付き合ってられるな。とも言われた。
 自分でも感心するくらいだ。本当によく付き合っていられるものだ。俺は人間だ。どうしても見返りは欲しい。
抱きしめてももらえず、もちろんキスもしてもらえず、その先はまだいいとして、1年半でこの2つを
クリアしていないカップルはおそらく超希少だろう。遅くとも半年が相場だと思っている。
 いい加減イライラが溜まったので、俺は奴にこれらのことをどう思っているのかメールで問いただした。
 訊かなければ良かったのかも知れない。
 私、そういうのを高校生でするのはマンガの世界の話だと思っているから。
 一瞬己の目を疑った。同時に軽い頭痛がし始めた。これは悪い夢だろ、きっと。ノーベル賞級の大発見であり、
ジェットコースター級の落胆でもあった。
 俺はもう、奴にはそういったことは一切期待しないことにした。そう、諦めたのだ。期待したときの落胆より、
いっそのこと期待しない方が幾分マシである。それに、期待される方も迷惑だろう。
 だが、1日経って冷静になってみると、今度は自分自身を責めるようになっていた。
 まるで自分が、キスしたいがために付き合っているように思えてきたのだ。何とも最低な男である。
 奴の意向を丸無視して、そんなこと――奴にとっては辛いこと、を強いるようなことを言っていたのだ。
俺は深く反省した。
 そして、結局ありのままを受け入れることにした。それが一番、奴が幸せになるはずだ。


 ……さて、暇つぶしにこんなことを思い出してはみたが、やはり奴はまだ来ていない。時計を見ると、
待ち合わせ時間から既に30分が過ぎようとしている。
 俺は女を見る目が無いのか、それとも相当な物好きかのどちらからしい。またもや独りで苦笑した。

 そして、それから5分ほど後――階段を駆け上がってくる奴が見えた。背中に楽器を背負っているので
なかなかに辛そうである。だが、俺を視認した瞬間――奴の顔はかわいい笑顔ではじけた。俺もまた無意識に微笑んでいた。
 ちくしょう、惚れた弱みか……
 駆け寄ってきた奴が、すまなさそうに「ごめん、部活が……」と言うのをさえぎり、頭にポンと手を置いた。
俺は微笑んで、遅いぞと小さく言った。奴が小さく舌を出す。そんなかわいいことしても――
 余計にかわいくなるだけだからやめろ。
 そういうことを言うと奴は絶対不機嫌になるので、心の中でそっと呟いた。

  これまで、どんな事があっても、ずっと奴が好きだった。
 どうやらこのぴりっとくる蜂蜜は、一生味わってもいいくらい、やみつきになってしまったようだ……。      Fin.

短編index
© 2012 kimamalibrary
inserted by FC2 system